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「世界遺産って何ですか?」このテーマは、ネットで検索すれば丁寧な解説がいくらでも出てきます。いまさら私が説明する必要があるのだろうか、とも思いました。

それでも筆をとったのは、この言葉を知らない人はいないのに、実は誤解が多いと感じているからです。

多くの人が抱くイメージは、「世界遺産=すごい観光地のランキング」ではないでしょうか。
でもこの制度の目的は、観光地を格付けしたり、お墨付きを与えたりすることではありません。
観光振興のための仕組みではなく、すぐれた場所を保護する制度なのです。

では、「すぐれた場所」とは何でしょうか。
「顕著な普遍的価値(Outstanding Universal Value)をもつ不動産」――これが世界遺産の定義です。
国や文化を超えて、人類全体にとって意味のある価値を持つ場所を将来の世代に残す、国際的な枠組みです。

「顕著な普遍的価値」とは、少し聞き慣れない言葉かもしれません。
私はこれを、一つの分野や文化的ジャンルの中で代表的・唯一的な価値をもち、その時代や地域の価値観を示す模範となる存在と理解しています。

こうした価値をもつ場所は、結果的に世界遺産になることが多く、逆に世界遺産に登録されたことで観光地化するケースもあります。
そのため「世界遺産=観光地」という印象が広まったのだと思います。

対象は「不動産」に限られます。
建物、遺跡、文化的景観、自然環境など、土地に根ざし、動かすことのできないものです。
一方で、絵画や工芸品のような移動できるもの、持ち運び可能な文化財は対象外となります。

私見ですが、世界遺産の対象が不動産に限定されているのは、無形文化や芸術作品を守る別の枠組みがあることに加え、制度が生まれた当時の時代背景とも関係していると思います。
地球環境の保護が世界的な課題となりつつあった1970年代、まずは"土地"や"自然"といった舞台を残そうとする発想が重視されたのではないでしょうか。
その意味で、私は世界遺産とは、地球と人間の長い営みが刻んだ「土地の記憶」を残し、伝えていくことに重きを置いた制度だと考えています。

姫路城
姫路城(兵庫)。1993年、日本初の世界遺産のひとつとして登録。
アンコール・ワット
アンコール・ワット(カンボジア)。日本を含む多くの国が保護・修復活動に携わっています。

では、顕著な普遍的価値をもつ不動産であれば、すべてが世界遺産に登録されるのでしょうか。
そう簡単ではありません。
登録には保護体制の整備が欠かせず、各国政府からの推薦も必要です。
自治体や国の意向、申請のタイミングなど、さまざまな要素が関わります。

また、すでに同じタイプの遺産が登録されている場合は、新たな申請ではどこに独自の価値があるのか、異なる角度からの意義づけを示さなければなりません。
単に「同じように優れている」だけでは、登録は難しいのです。

こうした厳しい基準のもと、世界遺産制度は長い年月をかけて形を整えてきました。
1978年に世界初の世界遺産が登録され、日本では1993年に初の登録が行われています。
制度が始まった当初は、誰もが知る名所が次々と登録されていきました。
しかし今では、価値が一目でわかりにくい場所や、あまり知られていない場所も増えています。

それは、世界遺産が「人類全体の文化的多様性」をより広く反映する方向へと広がってきた結果でもあります。
制度の成熟とともに、これまで注目されなかった地域やテーマが評価されるようになっているのです。

たとえば「東京の国立西洋美術館」と聞いても、ピンとこない方が多いかもしれません。世界遺産だと知らない人も少なくないでしょう。一見すると意外な選定ですが、近代建築の歴史において重要な位置を占める建物であり、こうした多様な価値の発掘こそが近年の傾向を示しているように思います。

「世界遺産ってそんなにすごいものなの?」「登録数を増やすことに意味があるの?」そう感じる人がいるのも、正直わかります。

それでも私は、世界遺産はとても優れた"生きた教材"だと思っています。
過去の記念碑や遺物ではなく、今この瞬間にも存在し、実際に訪れて肌で感じることができる。
どう守っていくかという「保護のあり方」を考えるロールモデルにもなります。
そして「世界遺産」というラベルがつくことで、「行ってみたい」「どんな歴史があるのだろう」と、多くの人が関心を持つきっかけになるのです。
ときに登録が国際問題に発展するほど複雑な側面を抱えながらも、この制度には人々の関心を集め、学びや行動を促す力があると感じます。

世界遺産に触れることは、世界の多様性を知るきっかけになり、誰かの新しい扉を開いてくれるかもしれません。
そんな扉を、私もほんの少しでも開くお手伝いができれば――そう思いながら、これからも書き続けていきます。

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