旅することで世界を知り、伝えることで世界をつなぐ。60カ国・世界遺産200カ所を自らの足で歩いてきた、本田陽子のストーリー。
筑波大学比較文化学類卒業後、大手広告会社で営業として10年間勤務。2000年代初頭、急速な経済成長を遂げる中国をその目で見たいという思いから30代で転職し、通信社の広州・大連支社へ。その後、台湾・北京で2年間の中国語留学を経て、北京オリンピックでは現地コーディネーターを務めました。
仕事の合間にはバックパック一つで世界各地を旅していました。当時は、いわばスタンプラリーのように世界遺産や遺跡を巡っており、現地の歴史や背景まで十分に理解できていませんでした。
たとえばチェコのブルノにある世界遺産「トゥーゲントハット邸」を訪ねたときも、拍子抜けするほど普通の邸宅にしか見えず、その日の日記には「世界一、つまらない世界遺産」と書き残しています。
旅で散財しつくして帰国したときの通帳残高はわずか12万円。ほぼ一文無しの状態から就職活動を始め、2010年に文部科学省に採用され、生涯学習の部署に2年間在職しました。
その頃、かつて旅で訪れた場所をきちんと理解したいと思い、世界遺産検定を受験します。勉強を通して、旅の途中では気づかなかった意味や背景が次々とつながりはじめました。
世界遺産検定マイスターの取得をきっかけにご縁がつながり、2012年よりNPO法人世界遺産アカデミー研究員として9年間活動。自身の旅の体験を織り交ぜながら、メディア出演・講演・執筆などを行いました。
2021年にフリーランスとして独立。実際に訪れた体験と、背景にある歴史や文化をつなぎながら、世界遺産や旅の魅力をわかりやすく伝える活動を行っています。