2008年、ある曇った日。チェコ・ブルノにある世界遺産「トゥーゲントハット邸」を訪れたときのこと。駅のインフォメーションセンターでもらった地図を頼りに歩いていくと、目の前に現れたのは、真っ白な壁のシンプルな近代的住宅でした。
「え? これが世界遺産? 事務所じゃなくて?」
背景を知らずにただ訪れるだけでは、その価値はなかなか見えてこない。トゥーゲントハット邸は、私が世界遺産の奥深さに興味を持つようになった原点ともいえる場所です。
2008年、ある曇った日。チェコ・ブルノにある世界遺産「トゥーゲントハット邸」を訪れたときのこと。駅のインフォメーションセンターでもらった地図を頼りに歩いていくと、目の前に現れたのは、真っ白な壁のシンプルな近代的住宅でした。
「え? これが世界遺産? 事務所じゃなくて?」
あたふたしながらドアベルを押すと、スタッフが出てきて一言、「予約がないと入れません」。ここまで来てそんな……とがっかりしていると、「家の中は無理だけど、庭なら見ていいわよ」と特別に庭だけ入れてくれました。
庭から全面ガラス張りの邸宅の中を覗いてみたものの、おしゃれだな、程度の感想しか出てきません。世界遺産といえば、モン・サン・ミシェルのような圧倒的な景観や歴史的な建造物を想像していたからです。
その夜、旅日記にこう書きました。
当時はスマートフォンもなく、次の旅先へ移動するうちに、深く調べることもないままになっていました。
ところが後年、世界遺産検定の勉強をしているときに、この建物が近代建築の巨匠ミース・ファン・デル・ローエによるモダニズム建築の傑作であることを知ります。
ガラスの大開口、柱で支える自由な空間、建築と景観を一体化させる設計。一見シンプルに見えるこの住宅には、近代建築の思想が凝縮されていました。
背景を知らずにただ訪れるだけでは、その価値はなかなか見えてこないのだと、そのとき実感しました。いま講演をするときには、この経験をよくお話しします。
トゥーゲントハット邸は、私が世界遺産の奥深さに興味を持つようになった原点ともいえる場所です。いつかきちんと予約をして、もう一度訪れてみたいと思っています。