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かつて世界中のゲストハウスに置いてあった、旅人たちの手書きのノート。イスタンブールと南米をつないだのは、『北京のヨーコ』だった。

旅の本を読んでいると、居ても立ってもいられなくなることがあります。
バックパッカーが書いたものだったり、旅人の生々しい感情や手触りが伝わってくるものだと、なおのこと。

先日ふらりと入ったカフェに旅の本がたくさん置いてあって、しかも情報ノートまであったのです。

情報ノートを知っていますか。
バックパッカーが集うようなゲストハウスに置いてあった、旅人たちの手書きのノートです。
海外のゲストハウスはオーナーへのメッセージを書くのが普通でしたが、いわゆる「日本人宿」では独特の進化(?)を遂げて、とても密度の濃い情報が書かれていました。

カフェに置かれた旅の情報ノート
ふらりと入ったカフェで見つけた、旅の情報ノート

おすすめの食堂、安い移動手段、危険な地域の情報。旅人が書き残した口コミが、次の旅人に手渡されていく。
SNSもGoogleマップもない時代の、旅のインフラでした。
ときには特定の旅人へのメッセージが書かれていて、もし出会ったら伝えてください、という伝言板代わりになっていたことも。

かつて私は北京に住み、そこを拠点に世界を旅していました。
各地の情報ノートに「北京のヨーコ」と記名して、旅情報を書き残していたのです。
東南アジア、ヨーロッパ、南米あたりの日本人宿でよく書いていました。

あるとき、イスタンブールの安宿で私が書いた情報を読んだ旅人と、南米で偶然出会いました。

「あなたが『北京のヨーコ』ですか!」

情報ノートが、海を超えて縁をつなげてくれました。

カフェで久しぶりに情報ノートを手に取って、泥臭い旅への情熱が、フツフツと沸き起こっています。

旅はどんどんアップデートされて便利になっていきます。もちろんそれがいいに決まっています。
それにしても、ネットやスマホやSNSがない時代、口コミやアナログな手法だけを頼りに、よく旅していたものだと思いますし、だからこそ偶然の産物のような旅もできていたと思います。

イスタンブールの安宿は10年以上前に閉めてしまったようです。
あのときの情報ノートはもう残っていないのかな。
当時「北京のヨーコ」は何を書き残していたのでしょう。

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